幼少期から親からの教育が厳しかった。私には兄と姉がいたが、どちらも優秀だったため比べられるのは必然だったし、当たり前だった。それが爆発したのは中学2年生の14歳の時だった。

どうして

よくいう優秀すぎる兄弟がいると下の子が辛い。まさに我が家に当てはまる言葉だった。兄は成績優秀、生徒会長など任される絵に描いたような優等生。姉は芸術的才能がすごく、音楽や洋裁、デザインなど、よくいう天才肌だった。

そんな中凡人として生まれて、凡人として育った私は何一つ兄や姉に叶うものがなかった。何をやっても兄と比べられ、何をしても姉と比べられる。どうして出来ないの?どうして時間が掛かるの?どうして、どうして、どうして、そう母親に言われる度、自分でも思った。どうして私は出来ないんだろう。

私は私で、私は私じゃない

中学受験で失敗した私に待っていたのは諦められた親の顔と言葉だった。

「生徒会に入りなさい、お兄ちゃんは入ったわよ」「ピアノ習いなさい、お姉ちゃんはコンクールで優勝したわよ」「勉強しなさい、高校はお兄ちゃんとお姉ちゃんと同じ所に行けるように」

おはようも、おかえりも、言ってもらえず、私はここにいるのに、まるでいないような生活。勉強できない私は私じゃなくて、それでも私は私なのに、気味の悪い感情がグルグルと存在し始めた。

誰もが平等なもの

自分が兄や姉より出来ないことを悔やむ中、ある日、兄が部活中怪我をした。足から流れる真っ赤な血を見た時、とても綺麗なものに見えた。あれが流れているから優秀何だと。

じゃあ自分には何が流れているのか、そう思いカミソリで切ってみると兄と同じ真っ赤な血が流れた。

>その時初めて希望が見えた。自分も兄と同じ真っ赤な血が流れている。これだけは同じ。平等。それだけで上手に息が吸えるようになった気がします。

そんなつもりはなかったのに

傷跡が母親に見つかった時の顔は14年たった今でも覚えている。

酷く驚いたような、困惑しているような、傷ついているような、なんとも言えない顔だった。この時初めて母親に自分の気持ちを伝えた気がする。この時、母親は追い詰める、そんなつもりはなかったのにと言ったが、私としても母親を悲しませる、そんなつもりはなかったのにと言った。

母親の泣き顔を見たのはこの時が最初で最後だった。それからというもの高校は好きなところに行かせてくれたし、自分というものを見つけられた気がした。

できることなら

現在自分の身体を傷つけている人がいるのであれば、出来たらやめて欲しいと思う。私は何十回も傷をつけたが幸い傷跡にはならなかった。もし今それが残っていたら母親が傷ついていたと思う。今現在悲しんでくれる人がいなかったとしても、きっとこれからの未来現れると思う。その人が見たらきっと悲しむと思う。だから身体を傷つけるやり方じゃなく、何か思うことがあるのであればそれを解決する方法を見つけて欲しい。

初めて傷をつけた時から14年たち、現在28歳になったが、世界は思いの外単純で、私みたいに些細なきっかけで変わるかもしれないから、傷つける前に誰かにSOSを出して解決して欲しい。